9: 席替えとても退屈な授業中。右から左へと抜けていく先生の声をBGMに板書を取る様子は、統制された機械たちのようだ、なんて考えていたら、一人だけ違う色を見つけた。
席替えをして手に入れた念願の最後列からは、皆の様子がよく見えていて。
だから余計に彼女の様子が異色に映った。
確かあの子は・・・・・・そうだ、梶浦さんだ。下の名前は忘れたけれど。
とても楽しそうに先生の話を聞いているその様子に、俺は軽く尊敬の念を抱いた。
「じゃあ、今日はここまでだ」
おっと。
梶浦さんを観察していたら授業終了の時刻になっていたみたいだ。
俺は挨拶もそこそこに、友人の席へと向かった。
途中に梶浦さんの席の横を通ると、彼女はなにやら興奮して友人と話しをしていた。
次の授業が始まった。先ほどの授業とは違い、ノリの良い若い先生が担当なのでクラスは少し明るい。それでも退屈になる時間はあるもので、問題を解き終わった俺は息を吐きながらクラスを見回した。
あ。
俺はふと一人の様子が目に留まった。一人だけ机に突っ伏して寝ている。そして、彼女は先ほどの授業で唯一楽しそうにしていた、梶浦さんだ。
変なの。こっちの授業のほうが余程楽しいのに。価値観は人それぞれだけど。
そして、授業は終わった。
梶浦さんは次も、その次の時間もずっと、つまらなそうにしていた。
「どう思うー下山ぁー」
「何が?」
「梶浦さんー」
「ああ。中の上?俺的には笑顔がストライク。あとミニスカが似合うな」
「何の話だ、この変態。じゃなくってー」
俺は下山の腕をつねりながら、ここ一週間の梶浦さんの観察結果を話していた。
「何で鳥羽の授業だとあんなに楽しそうなんだろ。絶対中っちとかの方が楽しいのにね」
一週間の観察で、どうやら彼女が楽しそうなのは鳥羽先生の倫理だけだと分かった。それ以外の時間は、つまらなそうに板書をして話を聞いている。
中っち・・・・・・中川先生は愉快な英語の先生でだが、彼女にとってはそうでもないらしい。
「ていうか、何でコマはそんなに梶浦が気になってるの?」
下山は不思議そうに聞いた。
「何でって、好奇心?一度気になったら知りたいじゃん」
「あー、そういう」
「なんだよそれ」
「何でもありませんー」
「そうですかー。あ、次倫理だ」
「何でコマが嬉しそうなの?」
俺が?確かに梶浦さんの楽しそうな様子を見るのは楽しいけれど、嬉しそう?
「さぁ」
「分かんねぇのかよ」
「まーね」
「ま、いいや。れ、先生来るから席つけ」
下山に言われたのと同時に、鳥羽先生は現れた。
そして、穏やかな声で授業を始めた。
梶浦さんを見ると、やっぱり楽しそうだった。
・・・・・・はっ。
「今何時その前にここどこ」
「今は5時で、ここは教室よ」
やべっ。そんな時間かよ。
確か6時間目の倫理のときに少し寝て・・・・・・
そこから記憶がない。
「まじかよ」
「まじですよ」
てか、え。
俺はどこからか聞こえる声にやっと気が付いた。誰だよ。
「すごいわ、駒くん。ホームルームの時とかもずっと寝てたよ」
ななめ後ろかっ。
俺がそっちを向くと、
「おはよう」
「梶浦さん?」
「ん」
彼女は教室の後ろにある掲示板の紙を貼りかえる手を休めた。
「ほら、今日私日直」
「ああ」
こんな時間になにやってんだよという、俺の無言の質問を察した彼女は黒板を指差した。
そこには梶浦しずくの文字。しずくって名前だったんだ。
「手伝う」
「ありがと」
俺は作業を再開した彼女の、背が足りなくて剥がすのに難儀していた上のほうの紙を剥がしてあげた。
そして、無言。
少し気まずいような、心地良いような沈黙の中を俺らは作業をした。
「あとそれだけ?」
「これだけよ」
最後の一枚は倫理の補習のお知らせ。担当には鳥羽の名前。
「倫理、好き?」
俺はそこはかとなく嬉しそうにプリントを貼って、眺める彼女に聞いた。
「べ、別に好きなわけじゃないわ!」
梶浦さんは焦ったように否定をした。
何だそれ。
俺は少しおもしろくなくて、
「その割には授業、いつも楽しそうだけど」
ガッジャーン
あーあ。
「あ、あはは」
顔を真っ赤にして、慌てて落とした画鋲を拾う彼女を手伝った。
「ありがと、駒くん」
「どういたしまして。で、何で?」
「な、何でって?」
「楽しそうなの」
俺はにっこりと笑って聞いた。
梶浦さんは、あー、だのうー、だの言ってもじもじして、それからこっちを、まぁ身長差があるから当然なんだけど、少し上目遣いに見た。
柔らかな春の風が彼女の髪を揺らしていて。
きっとの一瞬が、長い気がした。
細く息を吸う彼女の唇。そして、
「あの、好きなのっ」
あ、かわいい。
「鳥羽先生をっ、好きなの」
鳥羽先生を。
意味もなくその言葉が胸に刺さった。
「残念」
「何がよ」
「突然の俺への告白かと思って、少し期待した」
「もうっ、駒くんのばかっ」
「あはは」
さらに赤くなる梶浦さんは本当にかわいかった。
「ていうか、駒くんてこんな性格だったんだ」
話を逸らすように彼女は言った。
「もっと、大人しいのかと思ってたわ」
「そう?いつもこんなだよ」
「みんなが!駒くんは優しくて、大人しそうって。格好良いて言ってるよ」
「あはは、ありがとう」
「私じゃなくて、みんなが言っているんだからね」
「梶浦も」
俺は彼女のほうを見て、
「もっとおしとやかでおっとりしているのかと思った」
あと、こんなかわいいとは思ってなかったよ。
後半は心の中で言うだけだったけど。
「失礼!私がおしとやかじゃないみたいじゃない」
「意外と、ね」
「じゃあ、駒くんは意外と、いじわる」
「そっちも失礼」
あはは、と二人して笑っていた。
「お前ら、そろそろ下校時刻だそ」
見回りの先生が来て、下校を促した。
もう6時か。
「もう6時なのね」
俺と同じことを彼女は言った。少し嬉しい。
「帰ろっか」
カバンを持って、ドアのところで彼女を待った。
梶浦さんは女の子らしいカバンと、ファイルケースを持って小走りにきた。
並んで歩く廊下は、日が長くなってきたとはいえ暗い。
遠くに夕日が見える。
「言わないでよ」
小さく呟かれた言葉。
「何を?」
分かっていたけれど、あえて聞き返す。
「もうっ。私かあの人を好きってことよ!」
「はいはい」
あまり面白くないけれど、仕方がないから返事をした。
梶浦さんはそれを聞いて、安心したように息をついた。
続くのかもしれない。
気が向いたら書きます。
駒くんは梶浦さんに惚れた模様。
久しぶりに長い文を書いて、肩が凝りました。年ですね。
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